体調不良で欠場中のリオ・ラッシュが当時の全て失った最悪な状況を語る

リオ・ラッシュ【撮影:Koba】
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0・9両国国技館大会で高橋ヒロムの持つIWGPジュニアヘビー級王座に3WAYで挑む予定だったリオ・ラッシュ。

不運なことに両国大会の数日前から体調を崩し、結果ビッグマッチに待ち合わずIWGPジュニアに挑戦することもできませんでした。

 

体調不良で欠場して以来、新日本プロレスに復帰を果たせていないリオ・ラッシュ。

海外でも復帰情報のなかったリオですが、『すべてを失った9月』と題し衝撃的な事実をX(旧Twitter)に投下しました。

#9月
すべてが崩れ去った場所日本に行く前、俺は何度か王座防衛戦を行った。残念ながら最後の防衛戦は計画通りにはいかず、俺はXディビジョン王者ではなくなった。これは紛れもない歴史を作るという俺の計画を狂わせたが、まだ俺の視野には日本があった!IWGPジュニアチャンピオンになるチャンスはまだあった。
このツアーでみんなと、#BOSJ30のテーマが#ShakeTheSoulで、それがいかにふさわしいか冗談を言い合ったのを覚えている。このツアーの名前は「#RoadToDestruction(破壊への道)」と呼ばれ、まさにぴったりだった。このツアーを実現させるために、何を諦めなければならないかは分かっていた。愛犬を手放し、LAにあるものをすべて荷造りし、家族全員を日本に移住させなければならない

LAと日本を何カ月も往復しながら、母国の家族を必要なだけサポートすることはもうできない。だから、俺は覚悟を決めた。まず、一人で日本に行く必要があり、家族はツアーの後半で会う必要があった。ツアーの前半は魔法のようだった。
5回目のツアーだったけど、今まで行ったことのない都市を回ることができた。また、ずっと尊敬していたオカダカズチカとやっと一緒に仕事ができた。
日本のファンやロースターにどれだけ愛されているか、どれだけ残ってほしいと思っているかを改めて実感した。家族が日本に合流する前のツアー終盤、俺は体調を崩し、そのまま入院した。なぜなのか、どうしたらいいのかわからず、死んでしまうような気分になった

体温は何日も40℃を超え続け、汗と嘔吐の連続で体重は7キロも減り、その過程でヘルニアになった。

手短に言えば、俺は体調が悪すぎてこれ以上競技に参加できず、このような状況で家族と一緒に参加するのは危険すぎると言われた。俺は家族が合流する前にアメリカに送り返され、結局、タイトルを得る機会もなく、ホームレスとなり、日本での滞在を確固たるものにする契約もなくなった
この月、俺はすべてを失った。

※意訳、誤訳は悪しからず

 

全ての計画と契約が破談したことを明かしたリオ・ラッシュ。

不運という言葉では片付けることができない状況だったと思いますが、遂に復帰が決まりました。

GCWへの出場を皮切りに米国インディー団体での試合が発表になりましたが、いつかまた日本に来られる日を待ちたいと思います。