アーロン・ヘナーレが15年間のレスラー人生の苦悩を告白

アーロン・ヘナーレ【撮影:koba】
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上最多の28選手がエントリーした今夏のG1クライマックスですが、念願のリーグ戦初出場を果たした選手が何人かいます。

中でも念願の出場となった選手と言えば、ユナイテッド・エンパイアのアーロン・ヘナーレです。

2016年に新日本プロレスに入門したヘナーレは、野毛道場で鍛錬を積みヤングライオンから下積みを積んだ苦労人と言えます。

特にコロナ禍前は参戦する外国人レスラーも多く、ヤングライオンを卒業するもチャンスに恵まれていたとは決して言えません。

 

転機となったのは2021年4月。

ユナイテッド・エンパイアのXとして登場したヘナーレは、初めて本隊以外のユニット所属となりました。

もしエンパイア入りしていなければ、今年のG1出場もどうなっていたかは分かりません。

 

15年間のレスラー人生の苦悩を告白

 

新日本プロレスの公式サイトでは、2012年にニュージーランドでデビューしたと記載されていますが、自身のSNSでレスラーとして15年目を迎えたことを明かしました。

 

「G1クライマックス出場までの15年の歩み」と題したツイートでは、15歳の時に年齢を偽ってデビューしたこと、2012年までまともな給料を手にしていなかったこと、これまでの苦悩について語りました。

このビジネスで15年…
今週でプロレスラーになって15年目になりました。
15歳の時に年齢を偽って、ニュージーランドの独立したプロモーターに挑戦しました。
3年間、私が18歳になっていなかったことに皆が気づいたのは、数年後のことでした。
初めてまともな給料をもらったのは2012年。
ようやくTrans-Tasman T.V.に出演できるようになり、2015年にはプロレスで生活できるほどの収入を得られるようになりました。それ以前は、大学でメンター、心理事務所でコーディネーター、自治体で政策アドバイザーの仕事をしていました。
その快適な生活を捨てて、2015年にチャンスを掴みました。
2016年、旅行中にWWEとNJPWの両方から声がかかったのです。
私はより挑戦的な道を選び、世界で最も過酷な道場で鍛錬する道を選びました。
そんな中、今週、G1クライマックスに出場することになり、世界最高峰のヘビー級レスラーの仲間入りを果たしました。
これまで、背中に刺さった短剣、目の前に立ちはだかったハードル、足手まといになった千の怪我、多くの理不尽な言葉達。
そして、密室で語られる多くの戯言。しかし、私はここで自分がやると言ったことを、誠実に、忠実にやっている。
誰かのヒーローになろうとは思っていません。15歳、体重72kgのマオリ族のできる訳がないと言われていた少年のヒーローになりたいと思っているだけです。

 

15歳でレスラーデビューを果たしたヘナーレは、多くの苦難に直面してきたのでしょう。

新日本に入団してからも、理不尽な困難に直面し、それでも諦めなかったヘナーレはG1初出場と世界最高峰のレスラーの仲間入りを果たしました。

子供の頃、お前には無理だと言われた自分を救う旅がこれこら始まります。

 

プロレス界最高峰のリーグ戦に挑戦するヘナーレの初戦の相手は、数日前にAEWxNJPW合同興行でメインイベンターを務めた棚橋弘至。

初戦から大きな壁にぶつかることになりましたが、15年間の想いをぶつけ下克上を成し遂げる活躍を期待したいと思います。